認知症

認知症とは?

認知症とは一度正常に発達した「記憶」、「学習」、「判断」、「計画」といった脳の知的機能(認知機能)が、後天的な脳の器質障害によって持続的に低下し、日常や社会生活に支障をきたす状態を言います。

認知症の原因

認知症を引き起こす原因には様々なものがあります。

高齢者に起こる認知症のほとんどは、加齢による脳の病的な老化に関するもので、脳実質の変性によって起こる変性性認知症と、脳血管の障害によって起こる血管性認知症の二種類があります。

変性性認知症の代表的なものとしてAlzheimer(アルツハイマー)型認知症があり、認知症全体の約半数を占めています。同じく変性性認知症としてLewy(レビー)小体型認知症や前頭側頭型認知症があります。

Lewy小体型認知症は比較的新しい疾患概念であり、1995年の国際ワークショップで現在の名称になりました。近年の研究ではAlzheimer型認知症、血管性認知症に次ぐとされる報告が多くみられ、合わせて三大認知症と言われています。

認知症の原因となるその他の疾患

認知症の原因として代表的なものは、先に挙げた疾患(Alzheimer型認知症、血管性認知症、Lewy小体型認知症、前頭側頭型認知症)ですが、その他にも多くの疾患が認知症を引き起こすことが報告されています。

 

治療可能な認知症

神経変性疾患は不可逆的に進行するため、治療困難なことが多いですが、その他の認知症の中には早期治療により劇的に認知機能が回復する場合があります。このような認知症を「治療可能な認知症(treatable dementia)」と呼びます。

アルツハイマー型認知症

認知症を主体とし、肉眼的に大脳の全般的な萎縮、組織学的に老人斑、神経原線維変化の出現を特徴とする神経変性疾患です。認知症の中で最も多く、65歳未満で発病した場合をAlzheimer病(AD)、65歳以上で発病した場合をAlzheimer型老年認知症(SDAT)と呼び分けることがあり、総称としてAlzheimer型認知症(ATD)となります。

 

病理変化

Alzheimer型認知症の脳には、大脳皮質や海馬を中心に多数の老人斑と神経原線維変化がみられます。これらは通常の高齢者の脳にもみられますが、 Alzheimer型認知症の場合、比較にならないほど多量に出現し、神経細胞脱落(脳萎縮)を引き起こします。特に老人斑は発症する10年以上も前から脳に沈着し始めると言われています。

アミロイド仮説

ATD発症の詳細な機序はいまだ不明ですが、現在広く支持されているのが「アミロイド仮説」です。

アミロイド仮説ではATDの脳委縮の原因である老人斑と神経原線維変化が、ATD発症に関係しているとされています。

ATDでは早期にアミロイドβ(Aβ)の蓄積により老人斑ができ、その十数年後に神経原線維変化や神経細胞(ニューロン)の脱落が生じます。

アルツハイマー型認知症でみられる神経細胞の変化

アルツハイマー型認知症の場合、下図のように認知症発症の20年ほど前からAβタンパク質の蓄積が始まり、遅れて認知機能の低下が生じ、MCI(軽度認知障害)を経て認知症を発症します。

近年、Aβタンパク質の蓄積を検知するPETのアミロイドイメージングなどによって、より早期(MCI)での発見が可能となりつつあります。早期に診断し、治療を開始することで認知症の進行を抑制できる可能性が出てきたことから、MCIの概念が注目されています。

認知症治療薬

現在の認知症治療には、 ChE阻害薬とNMDA受容体拮抗薬の主に二種類の薬剤が使用されており、認知症の中核症状の進行を抑制する効果があります。

治療の早期開始と継続の必要性

認知症の治療では、治療開始が遅れるほど症状の進行抑制が難しくなります。
服薬を開始しても効果の発現に3ヶ月ほどかかるうえ、症状が劇的に改善するわけではありません。
そのため患者やその家族が進行抑制効果を実感できず、自己中断してしまう場合があるので、あらかじめ服薬を中断しないように説明しておく必要があります。

認知症・神経変性疾患関連バイオマーカー

バイオマーカー 機 能 等
Amyloid β1-40/1-42 アミロイドペプチドは、神経組織で発現し695個のアミノ酸から成るアミロイド前駆体タンパク質(APP)が切断されることで産生されます。

アミロイドβ 1-40(Aβ40) は、APPの膜貫通ドメイン中の713-714アミノ酸間、アミロイドβ 1-42(Aβ42) は715-716アミノ酸間がγセクレターゼによって切断され、続いて、671-672アミノ酸間がβセクレターゼによって切断されて産生されます。(場合によって39mer、43merが合成されることもあります。)

生理学的条件下では、Aβ40/Aβ42が形成される比率はおよそ10:1で、比率が5:1に上昇すると細胞膜表面のレベルでペプチドのアグリゲーションが起き、アルツハイマーに関連するプラーク形成が起きると言われています。

リン酸化タウ/

タウ蛋白

タウ蛋白は、分子量が約5万で、神経軸索内に存在し、軸索内での物質の輸送に関係する微小管を構造的に補強しています。タウ蛋白が、過剰にリン酸化される微小管への結合能が失われて組織中に遊離し、タウ蛋白同士が結合して不溶性の凝集魂を形成します。これが、アルツハイマー型認知症に特有の神経原線維変化の要因と考えられています。
α-シヌクレイン α-シヌクレインは、140アミノ酸残基からなる14.5kDaの可溶性タンパク質で、天然変性タンパク質として知られています。主に大脳新皮質、海馬、黒質、視床、小脳に発現しており、その多くは神経細胞のシナプス前終末と核に存在し、シナプス小胞の伝達制御に関わると考えられています。パーキンソン病・レビー小体型認知症・多系統萎縮症のような神経変性疾患 (シヌクレイノパチー)では、神経細胞内部にレビー小体といわれる封入体が見られますが、α-シヌクレインは、このレビー小体の主要な構成成分です。α-シヌクレインが過剰に蓄積することにより、ドーパミン産生細胞脱落を引き起こし、シヌクレイノパチーの原因とされています。
APO E アポリポタンパクE(APO E)はリポタンパク質と結合して脂質の代謝に関与するタンパク質です。APO Eには遺伝子によって決まる3つのタイプ(E2, E3, E4)があり、E4を有していることはアルツハイマー病の危険因子であることが確立しています。日本人においては、アポE E4の保有(E3/E4)は非保有者(E3/E3)に比べてアルツハイマー病発症のリスクが約3.9倍になることが報告されています。また、アポE E4保有は特に女性において強力なアルツハイマー病発症の危険因子であることが知られています。

 

認知症関連バイオマーカーを使った研究・診断法開発

高齢者人口の増加と相まって、アルツハイマー型認知症の患者数は年々増加しています。アルツハイマー病の確定診断には既存の部検病理に代表される侵襲性の高い検査が必要ですが、近年では画像診断や脳脊髄液、血液を使った検査を組み合わせた侵襲性が低く高精度な検査法の開発が進められています。ここでは、最近報告が増えている血液マーカーについてその開発や研究報告をご紹介します。

 

血液バイオマーカーの開発

脳脊髄液検査やPETイメージング検査はアルツハイマー病の脳内変化を高い精度で検出する技術であり、アルツハイマー病治療薬開発への大きな貢献が期待されています。しかしながら、前者は侵襲性の高い検査であり、とりわけ高齢者での実施には被検者の身体的負担が大きく、後者は費用が高額となる傾向があります。このような状況において、血液バイオマーカーの開発に期待が寄せられています。

特にAβが発見されてからは血液中からこれら成分の免疫化学的手法を用いた検出が試みられましたが、十分な感度や精度で検出することは出来ませんでした。ところが近年になって質量分析の技術が急速に発展し、血液中のAβの検出に成功した報告がなされています 1)。本研究は、多種類のAβおよびAβ関連ペプチドの正確な同時検出を可能とするものであり、抗体と質量分析の長所を生かした分析手法として注目されました。その後、本血液バイオマーカーについて、国内ならびに国際共同研究が行われ、2018年にはnature誌にその続報が報告されています 2)。

1)Kaneko N, Nakamura A, Washimi Y, et al.: Novel plasma biomarker surrogating cerebral amyloid deposition. Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 2014; 90: 353-364.

2)Nakamura A, Kaneko N, Villemagne V L , et al. : High performance plasma amyloid-β biomarkers for Alzheimer's disease. Nature. 2018; 554: 249-254.

 

Ovod Vらも同様の方法により脳内アミロイド蓄積を予測しうる血液バイマーカーの開発を報告しています 3)。さらに高感度ELISAを使用したAβ分子種の量比に基づく血液バイオマーカーの報告も続いており、血液検査でも、PETイメージングと同等の検出感度に近づきつつあることが示されています 4)。

3)Ovod V, Ramsey KN, Mawuenyega KG, et al.: Amyloid β concentrations and stable isotope labeling kinetics of human plasma specific to central nervous system amyloidosis. Alzheimers Dement. 2017; 13: 841-849.

4)Fandos N, Pérez-Grijalba V, Pesini P, et al.: Plasma amyloidβ 42/40 ratios as biomarkers for amyloidβ cerebral deposition in cognitively normal individuals. Alzheimers Dement (Amst). 2017; 8: 179-187.

 

tauタンパク質もAβと同様に認知症マーカーとしての価値が期待されていますが、 Aβと同じく定量的な検出が難しい因子でした。近年、超高感度の免疫学的検出法が開発され、加えて、特異な位置がリン酸化されているtauを標的とすることにより、tau血液バイオマーカーの開発が進められています 5, 6)。

5)Tatebe H, Kasai T, Ohmichi T, et al.: Quantification of plasma phosphorylated tau to use as a biomarker for brain Alzheimer pathology: pilot case-control studies including patients with Alzheimer's disease and down syndrome. Mol Neurodegener. 2017; 12: 63.

6)Yang CC, Chiu MJ, Chen TF, Chang HL, Liu BH, Yang SY.: Assay of Plasma Phosphorylated Tau Protein (Threonine 181) and Total Tau Protein in Early-Stage Alzheimer's Disease. J Alzheimers Dis. 2018; 61: 1323-1332.

 

他にも炎症性の指標として知られている血液中のインターロイキンのうち、IL-8が脳脊髄液中のリン酸化tau値と相関する可能性が報告され 7)、血液中のAβやtauと同時に炎症性のマーカーを測定することで脳内のアルツハイマー病変の進行を把握できる可能性が示されています。

7)Bettcher BM, Johnson SC, Fitch R, et al.: Cerebrospinal Fluid and Plasma Levels of Inflammation Differentially Relate to CNS Markers of Alzheimer's Disease Pathology and Neuronal Damage. J Alzheimers Dis. 2018; 62: 385-397.

 

アルツハイマー病の患者数は世界で4,000万人を超えており、その数は今後ますます増大することが予想されます。しかし、上記で紹介したようなバイオマーカーは未だ開発途上です。これら解析技術やバイオマーカーの性能が向上し新しい診断手法として認められれば、より効率的な治療や予防が可能となるかもしれません。